経営に役立つ環境マネジメントシステムの構築と運用

その1 EMSの現状と課題

(株)環境戦略研究所
代表取締役 井上 求
(衛生工学技術士、CEAR登録EMS主任審査員)


1. 懸念される環境マネジメントシステム導入の先行き

環境マネジメントシステム(以下EMS)の認証(審査登録)件数の増加が著しい。日本におけるISO14001(またはJISQ14001)規格の認証取得件数は、4,139件(2000年7月末日現在)と、ドイツやイギリスの約2倍に達し、世界一の水準にある。品質管理システムISO9000s発行時の反省や認証取得による宣伝効果への期待もあって、規格発行当初より企業の認証取得意欲は高かった。最近では、認証取得企業が、系列会社や取引先に認証取得を促す例も見られ、認証取得に一層拍車が掛かってきた感がある。また、認証取得を公表することにより、企業の環境への取組み(=EMS)に対する理解や認識が高まり、企業が事業を展開していく上で不可欠なものとして認知されてきたようである。
しかし、一方では、EMS導入に対する疑問の声も多い。その第一は、誤解に基づく規格導入への恐れである。規格は、継続的改善を要求しており、企業に際限のない継続的改善を強制し、結果的に体力を著しく消耗すると恐れている企業は多い。認証取得に関心のある企業でも、この義務的に発生するであろう継続的改善への財的・人的負担への懸念が、認証取得に積極的に取り組めない大きな理由の一つとなっているようである。また、EMS文書の必要量についても誤解があるようである。人によっては、認証取得のためのEMS文書は、厚さ1m位必要だなどと話しているようである。現実にはその二十分の一にも満たないケースが多いのだが・・・。
第二に、認証取得の効果と負担の大きさに関するもので、より深刻である。認証取得企業の中には、EMSの導入が経営改善には役立たないばかりか、企業にとって重荷となっているとの話も多い。最近のように経済情勢が低迷している状況では、導入による成果が上がらなければ、認証の維持を断念する企業も現れてこよう。また、これが、新たに認証を取得しようとする者の意欲を阻害することにもなろう。

2. 規格の意図

本来、ISO14001は、経済界の要請によって生まれてきたもので、環境と折り合いをつけながら、企業が発展を続けるためのものであったはずである。つまり、規格は、企業が存続するために必要な様々な利益を得ることと引き換えに、環境の改善が実現されることを意図しているともいえよう。EMSの導入によって得られる利益は、導入企業が何を意図して導入するかによって異なるが、例えば、次のようなものが挙げられる。
@環境上の事故による負債の発生防止
A環境面からの事業見直しによる原価の低減
B利害関係者との意志疎通による軋轢の防止
従って、EMSを構築し、運用することによって、前述のような経営の改善が行えるはずである。これが実現していないのは、EMSの構築が正しく行われていないためである。単に、認証取得のみを目的としてEMSを構築するのでは、認証取得時の効果が薄れると、早晩企業は壁に行き当たるだろう。
企業が社会に貢献するために、利益を得て企業が存続し続けることが必要であるのと同様、企業が環境保全という社会の要求に答えるためには、EMS導入によって、企業が何らかの利益を得るようシステムを構築することが大切である。

3. EMSの現状と課題

@EMSはかざりで重荷?
認証を取得した企業に聞くと、宣伝効果があった、顧客の評価が上がった等、大抵肯定的な答が返ってくる。反面、EMSの導入は、導入の効果が低く、維持に手間や費用が掛かると考えている企業も多く、その状態から抜け出す必要性を感じているようである。
このような状況を生み出している責任の一端は、導入企業ばかりでなく、認証取得を支援するコンサルタントも負わなければならないだろう。認証を継続的に維持していくことを考えず、単にEMSの取得のみを目的に、企業に合うはずもない既存のマニュアルや手順を押し付けるといった状況が生まれているのではないかと懸念している。やはり基本は、導入時に、その目的を明確にすることによって、企業に広い意味での利益をもたらすシステムを導入することである。これが、不十分なまま、形だけを取り込もうとすると、重荷だけを背負い込む可能性が高い。
A経営層の関与は形だけ?
経営者は、EMSの導入に際して決意表明(コミットメント)を行うと、後は従業員にすべてを任せているケースが多く見られる。規格で、数少ない経営層の直接関与が示されている環境方針も、ボトムアップで作成され、経営者が自らの見解を付け加えることなく、承認・周知、公表する例も多い。
このことは、EMSを形骸化させかねない大きな問題を含んでいると考えられる。環境側面の抽出・評価に用いられている幾つかの手法は、生産現場を主体に考えられており、間接部門の環境側面には適用困難である。
開発や設計等、製品の仕様から廃棄後の静脈流通に至るまでの間接部門が関与する部分に焦点を当てたり、環境問題に対する企業の姿勢を明確に示す方法の一つが、経営者のEMSへの関与であろう。このような問題に対する経営者の意図を環境方針に明確に示し、より本質的で、企業が直面している経営課題に焦点を当て、EMSに方向性と強力な推進力を持たせることが大切である。
経営者の関与不足は、ややもすると、照明用電力の節減や事務所ごみの減量と分別など安易な方向へとEMSを導く恐れがある。経営者の明確な意図を環境方針に折り込み、冷蔵庫の消費電力の低減や自動車の燃費向上のように、製品自身の環境影響を低減し、市場競争力を向上させるような、本質的な課題解決につながるEMSの構築が望まれる。
B継続的改善は、企業に際限のない負担を強いるか?
EMSの導入に消極的な企業へのヒアリングによると、EMSの導入によって、際限なく改善を行わなければならず、手間や経費が掛かり、その負担に耐えられないとの回答が多い。この回答から、EMSを、積極的に活用するものではなく、単に認証取得とそれに伴なう宣伝効果程度の価値しか認めていないことが伺える。
ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)教授のマイケル・ポーターは、環境規制の厳しい国ほど規制対象製品の市場競争力が高いと述べている。我が国における公害防止技術、米国における化学、合成樹脂、塗料、オランダにおける花卉等がその例である。企業は厳しい競争環境に自らを置くことによって、製品や環境効率を改善し、結果として、競争優位に立つことが可能となる。日本の企業は、TQCを始めとする種々の手法を用い、多くの経営上や技術上の課題を解決してきた。EMSも、競合相手より一歩先んじるためのツールとして活用可能であり、その場合のキーワードが「原価低減」から「環境効率的」へと移ったと考えると理解しやすい。
EMSは、環境やシステムという今までと異なった視点から、経営改善に取り組める良い機会である。このような視点に立ってEMSの構築を行うなら、恐れの対象ではなく、利益の源泉として活用することが可能になろう。
C環境リスクの回避への対応が不十分
EMSの大きな目的の一つに天災や人災等の事故に伴う環境リスクの回避が挙げられる。規格では、緊急事態の可能性を特定し、その環境影響を予防・緩和できる手順を持ち訓練(テスト)をしろといっている。近年、環境上の事故に伴って、企業が莫大な負債を抱え込む可能性が増大している。土壌汚染や水質汚濁等の環境上の事故が企業を閉鎖や事業縮小へと追い込むことも有り得る話である。しかしながら、多くの企業が形式的にとらわれ、真に必要な、事故に伴う環境被害の予防や緩和(ひいては負債発生の可能性を回避する)をしようという意識が低いように思われる。
規格面だけではなく、企業にとって生命線となるような事故の可能性を特定し、そのリスクをいかに低下させるかを具体的に示すことは、企業に本質的に求められていることである。チッソを始めとする多くの企業が、これを軽視した結果、自らの事業の可能性を大幅に縮小させ、競争の桧舞台から脱落したり、長期間復帰できない状況を作ってしまったことを忘れてはならない。
このようにEMSは、事業に伴なう環境上の事故による負債の回避や、環境効率の改善等による利益の向上など、企業が抱かえている様々な課題を改善できる有効なシステムとして構築し、活用することが求めらている。
次回から、企業に有益なEMSの構築の具体的な在り方について述べていきたい。

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